もっともっともっとちょうだい 2



 子供の頃から夢がたくさんあった。
 宇宙の神秘とか七つの海を股に掛けた大冒険とか密林に隠された秘宝とか、そういうの
が大好きな父親から、子守唄代わりにたくさんの話を聞かされて育った俺は、大人にな
ったら宇宙飛行士か船長か探検家になるつもりでいた。
 だけど少し大きくなって、それはかなり頭の出来と運がよくないと難しいぞと知ったオ
レは、今度は父親が話してくれたような夢溢れる物語を作って、それを楽しく読んでもら
えるような作家になりたいと思った。それもまた壊滅的に文才がないことに気付き、敢え
無く挫折。次いで作家じゃなくても、何かをつくりだし、人に喜んでもらえるような仕事
ができたらいいな、と思うようになった。
俺の今の夢は、建築士になることだ。
家を建てるって、よっぽどの金持ちじゃなきゃ、男として人生の一大事のひとつだと思
うんだよ。それを手伝えて、喜んでもらえたら、すげえ嬉しいだろうなって。
ただいま俺は、その夢に向けて、現実的に勉強中。
 なれるかどうかは、これからの俺の頑張り次第だな。
 将来の夢だけじゃなく、その時々で叶えたいものや目標といったものが、俺にはたく
さんあった。
入りたい高校、大学、バスケがしたい、レギュラーになる、身長百七十五センチ以上を
目指す……。
他愛ないものかもしれないけど、そういう小さな夢を叶えていくことで今の自分ができ
あがったんだから、夢とか希望とか目標ってやっぱ大事なんだよ。
 そして付き合うとしたらこんな人がいいなー、なんて理想も、もちろん人並みに持って
いた。
 中坊の頃の俺のお付き合いプランといったら。
 気軽にお付き合いはしない。付き合うなら好きな人と。俺自身が好きじゃなきゃ嫌だ。
なんとなくとか、ちょっとくらい可愛いとか、付き合ってと言われたからとか、そういう
曖昧なのはダメ。
 で、相手もおんなじくらい俺のことを好きでいてほしい。俺の方が多くても少なく
てもなんかヤだ。そんで、ちゃんと手順を踏むんだ。
 いきなりエッチなんかしない。まず心から入って、心に触れて、それから身体。で、な
がーく付き合う。とっかえひっかえなんて絶対にしない。そして相手もそうであってほし
い。
 夢見る父親に育てられた息子は、やっぱり夢見がちな少年になるもんなんだと笑われそ
うなほど、現実味のないお付き合いプランだけど、その時の俺は真剣にそう思ってたん
だな。
 でも成長するにつれて、それは将来の夢を叶えること以上に大変なことだと夢見る少年
は気付いた。
 だって自分と同じ気持ちを抱いて、それを俺に返してくれるなんて、すげえ難しいこ
とだし。それに人並みに性欲もあるから、心とは関係ないところで、身体だけ反応しちゃ
うことだってある。
俺は初めてエッチビデオを観た時に、それを知った。
好きでもない女の身体でも興奮できる……、つまり男はそういうもんなんだって。
 青少年は心と身体のバランスを取るのが結構難しい。
 それでもクラスメートや同じクラブのヤツらが女の子や一部憧れの先輩―――俺の出
身校は男子校だ―――のことで盛り上がっている中で、理想と現実の妥協点を見つけられ
ないまま、俺はクラブのバスケに夢中になっていった。
 俺って彼女いない暦十八年になっちまうんだなあ、でもバスケの方が面白いし、男子
校だし、まあしょうがないか、なんて思っていたのに。
高三の夏、クラスメイトでクラブも一緒の北見慎ってヤツと、はずみでセフレもどきに
なってしまったのだ。
友達の中じゃ一番仲が良くて一緒にいて楽しくて、だけど男の慎と。
 慎のことは好きだけど、それは友情でしかなかったし、なのに自分のを触らせて、慎の
も触って。
そうことができちゃうんだって、心のどっかでおかしいと思いながら、ズルズルと性欲
に負けて、身体ばっかり気持ちよくしてた。
 それでもこれは期間限定の関係で、慎か俺に恋人ができたら、また普通のダチに戻る
んだろうと思うようにしていた―――――はずが。
 どんでん返し、慎は俺のことが好きで、そして俺も自分で気付いてなかっただけで、
慎のことを好きに なっていたのだ。
 恋は、いかにして恋になるんだろう。
好きになる、その気持ちってどこからくるんだろう。
 友情だったはずなのに、いつの間にか“恋”になるのって、自分の心のどこが決めるの
か。
 文才のない俺が思わずポエマーになってしまうくらいの衝撃だった。
 不思議で、同時にこそばゆいような気持ち。
 なんか画面上でオナペットになってくれてたAV女優と、うっかり相思相愛になっちゃった
ような……て、こりゃ妙な表現か。やっぱ俺って文才ねえな。―――なんてこと
はおいといて、つまり俺は、純粋なガキの頃思い描いていた、『俺が好きで、相手も
おんなじくらい好きでいてくれる』という幸福を手に入れることができたのだ。
 もちろん嬉しい。気恥ずかしいけども、慎は誰のものでもない、俺のもんなんだって、
その事実がすっげえ嬉しい。
 慎も俺も男だし、そうすると俺たち本格的にホモになっちゃうのかとか俺長男な
のにどうすっかとか、そういう不安が全然ないっていったらウソになるけど、俺もと
もと楽天的で単細胞だから、目の前に自分が望む形の幸福があったら、とりあえず飛
びつくさ。躊躇してその幸せ逃したらどうすんだって。
 だから俺は、抱きしめてくれた慎の腕から逃げようなんて全然思わなかった。……ん
 だけど。
 俺のアパートの部屋の前で盛り上がっちゃって、ここじゃナンだからと部屋に入った
 途端、慎は玄関口で俺を押し倒してきた。
「……っぁ? し、慎?」
「克己……、克己」
 きつくきつく抱き竦められて、思わずぅげっと全然色っぽくない声が出てしまった。
 痛ぇって! 慎のヤツ、バスケのボール片手で掴めるヤツなんだ。思いっきり抱きしめ
られたら、マジ窒息しちまうっ。
「慎、……っ、ちょっ……!」
 叫びかけた口は、慎の唇に塞がれた。電光石火、すげえ早業だと、思わずされるがまま
という状態の俺だったが、ふと気がついた。
 もしかしてこれ、慎とする初めてのキスかも。ていうか俺のファーストキスだよ。
 ほら、俺らセフレもどきだったからさ、用があるのはお互いのアレってコトで、ほか
のところ、ほとんど触ってないんだよ。ホント、記憶にないぞ。
 なんてことを考えてた俺の口ん中に、慎の舌が入ってきた。もちろん初めての経験だ。
アレは口でしたことあるんだけど。……、なんか緊張してきたな。
 前に読んだ小説で、エンコーしてる女子高生が、キスって神聖なものだから、身体だけ
の関係の時に、キスは絶対にしないって言ってたのを、ふいに思い出す。
 もしかしたら、慎もそんなことを思って、今まで俺にしなかったのかな。
 キスが神聖なもの、とはあんまり思わないけど、キスしないセックスって、やっぱどっ
か歪んでる気がする。
 ゆるりと慎の舌が口の中をかき回して、俺の舌に触れてきた。
「……っん」
 口が塞がれているから、声が鼻を抜けて妙に甘い響きをさせるのがすごく恥ずかしい。
おまけに心拍数急上昇。
 初めてのキスを交わしながら、慎が俺の身体を弄ってくる。首筋とか胸とか、さらに
は下肢の方まで。
 そこだけは慎の掌が慣れたものに感じられるけど、ほかのところに触られると、その初
めての感触にびくびく震えてしまう。
 キスは途切れることなくずっと続いてて、息苦しくなってくる。しかも心臓はちょっ
と今まで経験したことがないくらい速く鼓動を打ってて。
 な、なんだか俺、怖くなってきた、ような……。
 だって高校のクラブでしてたバスケのきっつい練習中だって、こんなに心臓、速くなっ
たことないぞ? ドキドキなんて可愛いカンジじゃなくて、ドックンドックンってカン
ジで、血液がめちゃめちゃ大量に流れているみたい。
 俺、……やばくねえ?
 慎、このままエッチに突入する気満々みたいだけど、俺としては慎への気持ちに気付
いたのってほんの三十分前で、エッチ方面に盛り上がるより、もっとこう、ふわふわな気
持ちを堪能したかったりするんだよ。しかもこんな玄関先、布団もないところで固い廊下
に背中を押し付けられて。ロマンティックのカケラもねえじゃん。
 散々触りっこしててなんだそら、オトメモード全開になったって、全っ然可愛くねえよ、
てめえ男だろ、オラ、とか言われそうなんだけど、でも俺、誰かと恋愛関係になるのって
初めてなんだよ。少しくらいロマンティックな気持ちを堪能したっていいだろ!
 おまけにここ、慎の住んでる防音設備ばっちりのマンションと違って、築三十年のボロ
アパートなんだ。壁薄くて、ちょっと声出すだけで隣に丸聞こえ、……って!
「あ……っ、し、慎……!」
 外された唇は、首筋に押し当てられた。
 短いキスの音が何度も聞こえてくる。その合間にキューッと吸い付かれて、ゾクゾク
ビリビリしたものが背中を這い上がってきた。
 ほんと、やばい。このままじゃマジやばいって。
 俺は本格的に焦りを覚えた。
 慎の気持ちは分からないわけじゃない。ずっと俺のこと好きでいてくれたんだって、
ついさっき聞いた。だから多分三十分前に自分の気持ちに気付いたばっかりの俺とは、
気持ちの密度が違うんだろう。
 分かるけど、でも、俺の都合も考えてほしいんだってば……っ!
「し、慎、……慎ってば!」
 慎の動きを止めようと呼んだ声ごと奪うように、再び口づけられた。
「……〜〜っ、んー…っ」
 ついにドンッて慎の背中を叩いてしまった。
「………何、克己」
 うわ、なんか目が据わってるよ。すっげえカッコよくてクールな外見してる慎なのに、
全然余裕がないのが分かる。
 それでも止めてくれた慎に心の中で感謝しつつ、これ幸いとばかりに、焦って口を開い
た。この機を逃したら、もうチャンスはないと思ったし!
「あのな、俺ら、付き合う、…んだよな?」
「そのつもり―――、じゃないのか? 克己は」
「いやいや、その気満々だよ。でさ、ちょっと相談っていうか、お願いっていうか、ある
んだけど」
「……なに…?」
「えーと、最初からやり直しをしたいなあ、なんて」
 と、言ってしまった俺を、慎は、は? という顔をして見た。
「……やり直しって、どういうことだ?」
 意味がよく分からない、っていうより、理解したくないって顔だ。そうだよな、うん、
分かる。男としてとても。こうやって床に転がして、初チューもして、いざ服を脱がそう
としたその瞬間に、言われるセリフじゃねえってことくらい。
 だけど譲れないんだって。
 だってこのまましたら、俺の心臓保ちそうもねえもん。今だってバクバクうるさいく
らいなんだ。
 それに。
 告白をして、デートして、キスして。そういう順序を俺らすっとばして、身体を先に
知っちゃったけどさ、ちゃんと恋人同士になれたんだから、そういう手順を満喫したいん
だ。
 ―――って心情を訥々と説明した俺を、慎はなんとも不本意そうな表情で覗き込んで
くる。
「つまり、今この場でおまえの服を脱がしたらダメってことか?」
「そ、それさあ、一カ月後くらいになんねえ?」
「……一カ月後、って……」
「俺、まずデートしたい。だってさ、告白の次はデートだろ?」
 で、映画とか水族館とか遊園地とかに行って、付き合ってんだってことをしたいんだ。
 そう言った俺を見る慎の表情はあんまり変わらない。けど、俺には分かった。慎、
今、このまま押しきって俺の口を塞いでしまおうか、それども我慢しようか迷ってる。
でもそこはやっぱりやさしい慎のこと、渋々と会話を続けてくれた。
「……それは普段もしてるような気がするが」
「だってそれは友達としてじゃん。恋人としてしたいんだって」
 慎は前に彼女いたから付き合うってことに感慨はないかもしんないけど、俺は初めて
なんだよ。何度も言うけど。恋人と出掛けるのと友達と出掛けるんじゃ違うだろ? 全然。
 俺は頑張って目に力を込め続けた。
 じーっと慎の目を覗き込むと、しばらくして慎はでかい溜め息をついた。
「……どうしてくれるんだ、これを」
 と、慎は俺の右手を掴み、自らの下肢に導いた。
 ……わー、臨戦態勢整っちゃってます。
 一年近いセフレもどきの間に、すっかりなじんだその感触。俺はやわらかく掌を蠢か
せ、刺激を与えてしまう。条件反射で、つい。
「っ……、克己っ」
「あ、ごめん。つい」
「つい、じゃない。……今日はしないんだよな?」
「…だからそれは一カ月後くらいにしたいんだけど」
 ダメか? って小首を傾げて問うと、慎はもう一度でかい溜め息をついた。
 ダ、ダメかなー。
 と、おずおずと慎を見上げると、微かに苦笑する顔が目に映る。その笑った顔が少しず
つ近づいてきて、額がこつんと触れ合った。
 近い距離にまたドキドキするけど、じっと慎を見ていたら、
「心はくれるんだろ?」
「……うん。好きって気持ちは全部慎のもんだよ」
 そう言うと慎は、仕方ねえなってカンジで笑ってくれた。
「じゃあ我慢する。ちゃんと最初からはじめよう」
 そう言って目を細めた慎が、今まで見たこともないほどやさしい表情をしてくれたから
ホッとしたけど、同時にやっぱ悪いことしちゃったかな、とも思った。



 その日、慎はウチのアパートに泊まっていってくれた。一緒の布団で寝て―――ウチに
は布団一組しかないんだよ―――、でもエッチなし。
 慎って相当我慢強いよ、とおんなじ男ながら感心して、やっぱり慎だけでもイかしてや
ればよかったかな、なんて考えたけど、反面俺はすげえ嬉しかった。
 たわごとと言われそうな俺の気持ちを、慎は大事にしてくれたから。
 慎の身体の一部しか知らなかった。慎が俺のこと、どんな思いで触ってたかなんて全
然知らなくて、気付こうともしなかった。
 鈍感にもほどがある。
そんな自分が情けないけど、でもすぐに追いつくからさ。
 ハタチ間近な男が、中坊みたいなお付き合いをしたいって言っても、怒ったり呆れたり
せずにOKしてくれた慎。
 今までの分、いっぱい返していくから、少しだけ待ってろよ。
 心の中で呟いたことが伝わったのかな。
 布団の中で、もぞもぞと慎の手が動き、俺の指を掴み―――、ぎゅっと握りしめてく
れた。
 あったかくて大きくて、いくらでも俺を拘束できる力を持っているのに、すごくやさ
しい掌。
 大好きだ。

俺たちはその夜、手を繋いだまま眠りについた。







【コメント】

 以前無料配布本として発行した話です。
 果たして慎は本当に1カ月で本懐を遂げられる
 のでしょうか…(笑)。
 次回は克己待望のデート編です。


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