恋じゃなくても EX



 ダメになってしまいそうなキス、をされた。
 優しく噛まれ、舐られ、口の中のあらゆる場所に触れられた。吸い付かれたり
絡められたり、キスとはこんなにもバリエーションがあるのだと、真彩は二十六年
生きてきて初めて知った。
 幸希はキスが巧い。
 彼とのキスしか知らないから誰かと比べることはできないけれど、こんなふうに
キスひとつで相手を骨抜きにしてしまう男なんて、そんなにはいないのではないかと
真彩は思う。それはもしかしたら、受ける側―――自分の気持ちが強く作用するもの
なのかもしれないけれど。
 幸希を好きだと自覚したのは、いつ頃からだろう。
 初対面時の真彩は相当酔っ払っていたから、まともな思考力なんてなかっただろうし、
翌朝は正体不明の人物相手に混乱し、篠田とその恋人の肉親であることを知らされてからは
頭の中が真っ白になった。
 翌日に会った時だって、最初から幸希のペースに巻き込まれ、その日はメガネ店、翌日は
映画と連れ回されて。たった四日間で、二度もキスと性的な箇所を触られ、さらには自分で
相手に触りもした。
 なんて密度の濃い四日間。
 その日々の中、冷静に幸希のことを考えた時間なんて一度もなかったような気がする。
 なんだかあっという間に心と身体を攫われてしまったみたい。
 恋なんて別に特別なものじゃない。多分そこら辺にゴロゴロ転がっていて、ただそれを
拾うか拾わないかだけ。
 真彩はいつこの恋を拾ったのか。
 拾ったのは多分最初から。でもそれは無意識のもので、意識したのは、きっと幸希が来
なくなってからだ。
 幸希が来ない一週間、絶対に幸希には言わないけれど寂しかった。社内に篠田はいて、
ほとんど毎日顔だけは合わせていた。会話だってした。それでも、幸希の不在を寂しい、
と思ってしまった。
 篠田より幸希を求めてしまっていたのだ。
 それは掛け続けたメガネが何よりの証拠だろう。
 篠田に少しでも良く見られたくてコンタクトにした。けれどコンタクトが手元に戻っても
真彩はメガネを掛け続けた。幸希と選んだフレームのメガネを。
 似合うと言ったのに。もうコンタクトはいらないだろう―――篠田のことはふっきれただ
ろう―――と、まるで見透かしたように言ったくせに。
 その翌日から姿を現さないなんてひどいんじゃないのか。約束もしていない、友人になった
わけでも、まして恋人になったわけでもないのに、いつの間にか毎日来るものだと思い込んで
いた真彩もおかしいかもしれないけれど。こっちの都合なんて全然省みないで押しかけてきた
くせに、いきなり来なくなるなんて。
 理由があったのは分かったけど、連絡を寄越さなかったのはわざとだ。そう分かっている
のに、悔しさよりほんの少しだけ、嬉しい気持ちの方が勝ってしまう。
 なんだかもう、最初から負けている気がする。
 心の中は幸希でいっぱい。

 その心をいっぱいにする男とのキスは、身体中を甘いもので満たしてゆく。  気持ちがよくて、同時にこんなにひとりの人間のことしか心にないことが少し怖くも
あって、けれど自分からもうやめるとは言えなかった。
 長いキスの間に、器用な幸希は真彩の服を一枚ずつ剥いでゆく。
 ジャケットとシャツのボタンを外されると、その下は素肌だ。幸希はそっと首筋から
胸元までを撫で、やがて胸の先端に触れてきた。
 最初は指の腹で突くようにして触れていたが、その内刺激を受けてツン、と立ったそ
こを、親指と人差し指で、くりくりと抓んでくる。
「……っ」
 ビンッと電気が走ったような刺激。痛いのか気持ちいいのか分からない。けれどそれを
続けてされれば、痛みより寧ろ快感の方が勝っていることに気付く。
 幸希は胸を弄りながら、もう片方の手で真彩の下肢を寛げはじめた。その手は下着を
潜って直に性器に触れてくる。
「……っん…」
 触れられるのは三度目。幸希は優しく掴み取り、一度試すように擦り上げた。そこは
幸希の指が齎す快感を覚えていて、すぐさま顕著な反応を見せる。
 そんなあからさまな自分が恥ずかしくて、脚がもじもじと捩れると、触れたままの唇が、
ふっと笑みを浮かべたようだった。
 何を笑っているのかと硬く瞑っていた目をチラリと開ければ、どうやら相手は以前から
真彩の様子を窺っていたようだ。
 キスの時に相手の顔を見るのはマナー違反ではないかと言いかけたのに、一層深く口づけ
られて、出そうとした声は幸希に飲み込まれてしまった。
「…っん、んんっ」
 幸希はキスだけでなく、愛撫にも長けている。胸元を、下肢を、時に柔らかな動きで、
時にひどいくらい激しく触れてくる。
 あからさまに煽られて、真彩の熱はすぐに限界まで育ち、それは勢いを増す手淫と
しつこく弄られる乳首への刺激で、瞬く間に臨界点を迎えた。
「ん、んん……っ、んっ」
 最初から最後まで唇を塞がれ続け、真彩は声を上げることも叶わず、放熱を果たした。
「――――っ」
 くちゃくちゃと淫猥な音が下肢で響く。濡れそぼったそこを、握ったままの指が息つく
間もなく再び煽りはじめたのだ。
「んんー…っ」
 達した直後なのだから少しくらいは休ませてくれと首を振ると、ようやく唇が離された。
 短い呼吸を繰り返す真彩に、相変わらず余裕綽々とした顔の幸希が覗き込んでくる。
「天原サン、一週間全然してないでしょう」
 笑みを湛えながらそんなことを訊いてくるから、真彩はプイとそっぽを向いた。
「イくの早すぎ。それともそんなに気持ちよかった?」
「………」
 チラリと睨みつけるが、それも下肢へ刺激を加えられて、ちっとも睨んでいるようには
見えないだろう。
 幸希は嬉しそうに笑った。
「可愛い。もっと気持ちよくさせたくなる」
「……っ、ん、ぁ…ちょ、待、て…っ」
「ダメ。ほら、ちょっと擦っただけでまたすぐ元気になった。溜まってるんだ?」
「ち、中継する、な…っ、ぁんっ」
「なんで?」
「な、なんで……って、や…っ」
「恥ずかしい?」
 ふっと意地悪げに幸希が笑うのが見えて、これは何を言っても揚げ足を取られるに違い
ないと押し黙った。
「天原サンは、この、括れのところをちょっと強く擦ってやるとすごく気持ちよくなるん
だよね」
「んっ」
「ここ、一番天辺はそっとしてあげないと、気持ちいいより痛みを感じる。敏感だから」
「……っ」
「その代わり優しく優しく撫でてやると、……滲んでくる」
「――――っ」
 じわりと先端が露に濡れる。それは幸希の指が一層滑らかに動くことで知らされる。
そして滑らかに動かされることで尚気持ちよさが増して、ますます淫靡な水音が響くのだ。
 一度達した身体はふんわりと解けているし、幸希は恥ずかしい言葉で煽ってくる。
それに相変わらず幸希の指は巧みで……。だからすぐにまたそこが元気になってしまうのは
仕方ないことなのだ。
 真彩はそう自分に言い訳して、ぎゅっと目を閉じた。
 視覚を閉じると、より感覚が鋭くなるような気がする。
 幸希がほんの少し込める力を変えても、鋭敏に感じる。緩めて、強く握られて、擦られ、
引っ掛かれ、様々な刺激を糧に、そこは再び硬く撓っていった。
「ん……、も、…」
「天原サンのここ、果物みたいだな」
「く、果物…?」
「熟れきってトロトロ」
「……」
 真彩は閉じていた目をそろりと開けた。すると真彩の感じる様をずっと覗き込んでいた
のか、思っていたより近くに、幸希の顔があった。
 悪趣味、と眉根を寄せると、ふっと楽しそうに笑う。同時にわざとに違いない、音を立
てて扱き始めた。
「…っ、ん、ぁ……っ」
 ちゅ、と唇の端にキスされる。
 気持ちよくてなかなか開けていられない目を、それでも幸希に向けると、やっぱり笑みを
浮かべている幸希が映る。
「あ、ぁ……、んっ」
「膨らんできた」
「ぁ、あ、……ゃ、も…っ」
 達く…、と叫んだ途端、ぐりっと先端を強く挫かれた。
「あ、ああ、あっ……んっ」
 長く細く声を上げ、再び弾け散った。
「――――」
 こんなに立て続けに二度も達してしまえば、身体の力は抜けきり、もう自分では指を動かす
ことさえ億劫だった。
 そんな真彩を、幸希は軽々と抱え上げた。
「…な、何……?」
「ソファじゃあんまり動けないし。続きはベッドの上で」
 寝室はどこ? とにっこり訊かれて、思わず正直に言ってしまった。
「玄関から入ってすぐ左側」
 幸希は揺るぎない足運びで寝室まで真彩を運んだ。
 そこに人を入れるのは初めてだ。
 八畳間の、全体をブルーで統一させたそこは、ダブルベッドとクローゼット、本棚と間接
照明が置かれた、ごくあっさりとした部屋だ。
「綺麗にしてあるな。天原サンて、片付け魔?」
「あるべきところにあるものがないのが嫌なだけだ」
 幸希は真彩の弁にくすりと笑った。それから恭しい仕種で真彩をベッドに下ろすと、
これまで一度も脱がなかった幸希が、上半身から衣服を取り除いていった。
「……」
 真彩が見る前で、その肌を晒してゆく。
 青年らしい、すらりとした伸びやかな肢体。全体を綺麗な筋肉が覆っていて、それは
ひどく美しいと思わせる身体だった。
 真彩の貧弱な身体とは全然違う。
 なんだか幸希の目に自分を晒しているのが急に恥ずかしくなって、真彩は膝を抱える
ようにして身体を丸めてしまった。
 幸希はそんな真彩を見て笑い出した。
「何してるの」
「……だって」
「今更隠したって、さっき散々あなたの身体は見ちゃったよ」
 ほら、と幸希は真彩をベッドへと押し倒し、膝を立てさせると無造作に開かせたのだ。
「……ちょっ……!」
 大きく脚を開き膝を立てさせられる、M字開脚という形を取られて、そのあまりの格好
に絶句してしまう。
「全部知っている。だから今更隠すな」
 相手を目の前にして脚を開く行為が、こんなにこんなに恥ずかしいことだなんて、真彩は
知らなかった。
 恥ずかしい箇所がすべて幸希の目に晒される。
 中途半端に勃ちあがった屹立も、その下のふたつの膨らみも、そうしてその下の、今は
きゅっと窄まった後孔も。
 嬲るような視線。まるで得物を前にした肉食の動物のようだ。とすればさながら自分は
食われるのをただ待つしかない食材だろうか。
 幸希は真彩の脚を押さえながら、まずは屹立へと舌を伸ばした。ちゅっと先端に吸いつき、
幹の部分へと舌を這わせ、膨らみを唇で食む。そうして一番の奥を、そっと突いた。
「や…っ、そこ、そんな……っ」
 もちろん男同士のセックスが、そこでひとつになることは知っている。けれどAVで観る
のと、実際に自分がされるのでは全然違うのだ。
 AVでは単に視覚からの興奮ばかりだった。けれど実際のセックスは五感すべてを使う。
 見て、見られて興奮し、喘ぐ声や淫靡な音に高まり、近く身体を寄せればセクシュアル
な相手の体臭を知り、舐めて味わい、触って昂ぶる。
 現実とバーチャルの、なんと違うことか……。
 幸希はあくまでも優しく奥を慰撫した。突いては離れ、舐めて解し、唾液で緩ませる。
ひくひくと震えるタイミングを計って奥へと舌を潜り込ませられて、ガクガクと身体が
震えた。
 脚を開かせていた両手がいつの間にか離されたのにも気付かず、奥への愛撫のみに
感覚を持っていかれてしまっていた。
「ん……っ、も、や、だ…っ」
「嫌だ?」
「やだ、もうやめ…っ、ぁあ、んっ」
 舌ではなく、もっと硬いものが入り口に押し当てられ、力強く潜り込んでくる。
 指だ、と気付いた途端、そこを左右にぐっと開かされた。
「あ、あ…っ、な、何…っ?」
 恐らく両手の親指を縁に掛け開かせたのだろう。その指と指の間に舌を宛がい、
さらに深く舌を差し入れてきた。
「あ、あ、……ぁあっ」
 唾液で濡れたそこは、ぴちゃぴちゃと音を立て、その音が一層真彩の官能を煽る。
 悶えずにはいられなくて、腰が跳ねるのに幸希は容赦せず、長い時間をかけて奥を弄った。
 指が一本、二本と挿れられ、奥でかき回されて異様な感覚を味わう。
 気持ちいいとか心地好いとか全然思えない、初めて知る感覚に、正直もうやめてほしい
と何度も叫んだ。なのに幸希はやめてくれず、それどころかますます愛撫を激しくしていった。
 幸希がそこから指と舌を退かせた時には、真彩はぐったりとベッドに横たわっている
ことしかできなかった。
「…、ぁ…」
 涙で滲む視界の中に幸希が映る。
「こ、…こーき……」
 幼子のように舌足らずな声でそう呼ぶと、ふっと幸希が息を止めた。そしてどこか苦し
そうな笑顔を見せ、
「…天原サン、あんまり可愛い顔しないで」
「……?」
「優しくできなくなっちゃうよ」
 今まで聞いたこともない、低く掠れた声に、真彩は、え? と涙を浮かべた目を幸希に
向け―――ようとしたところを、ぐるりと簡単にひっくり返され、うつ伏せにさせられて
しまう。
「何、あ…、や、ちょっと……っ」
 いきなり腰を持ち上げられたかと思うと、これまで散々舐められ、指を突っ込んでかき
回されていたところに、ピタリと不穏なものを押し付けられた。
「な、なに……、や……っ」
 ぐっ、とさらに強く押し付けられ……それは真彩の中に押し入ってきた。
「や……っ、ム、リ……っ、絶対ムリ…、や、ああっ」
 ムリだと言ったのに、熱塊は強引に進入してくる。
「い、痛い―――ッ、や、だ……」
 いくら指と舌で解されたって、幸希の性器はそんなに簡単に挿るほど貧弱なものでは
ない。それどころか、以前触った時には、己のものとあまりの違いに驚いたくらいだ。
 なのに、嫌だと言っても、どんどん幸希は進んできて――――、もうダメ、ムリ、
そんなに深く挿れられたらお腹がおかしくなってしまうと恐怖に震えている間に、
幸希はすべてを収めきってしまった。
「……、は、挿…っちゃ、た……?」
「うん。……根元まで、全部」
「ね……」
 見えないからこそ想像が大きく膨らんでしまう。いったいそこはどんなふうになって
しまっているのか……。
 モザイクなしのAVで見たことはあっても、自分の身にそんな現象が起こっていると
なると、頭の中はパニック寸前、痛みもあるし、お腹いっぱいに含まされて苦しい。
 ズル、と身体の内に埋められた熱の塊が動いた。
「あ、ぃ、や…っ、動くな…っ」
「……ムリ言うな」
 ズルズルと内壁を擦りながら退かれる、その動きに肌がザッとあわ立った。
 痛いというより、なんとも言いようのない、不快な感覚。
「やだ、や……っ、動くな、って……!」
「だからムリだって」
 退かれた熱は、半ばほどでまた戻ってきた。ぐん、と押し入り、今度は先端だけを
残すくらい退いたかと思うと、また挿ってくる。挿って、出て、とリズムを刻むよう
に動かれて、内臓がどうになかるかと思うくらい苦しかった。
 ぴったり嵌まったところを擦られる感覚が堪らない。強引な動きに内側から壊されて
しまいそうだと、強い恐怖が真彩を襲った。
「や、だ……ぁっ、し、死んじゃう…っ」
「そんなに痛いか?」
「く、苦しいんだよ……っ」
「苦しいだけ?」
「な…っ、ゃあっ」
 幸希は腰を打ちつけながら前へと手を伸ばしてくる。幸希が齎す苦痛によって、
すっかり萎えたそこを掴み、根元から先端へ、そっと指を滑らせた。
「あ……、ぁ、あ…っ」
 後ろは苦しい。けれど前は幸希の手の動きに確かな快楽を感じ、身体はその感覚に
飛びついた。
 苦しみより気持ちいい方を強く感じたいと思ったのだろう、前を掴む指の動きを
拾いはじめた。
「…っあっ、……そ、こ…」
「ここ?」
 小刻みな動きで奥を蹂躙しながらも、前に触れる指はひどく優しい。その両極端の
刺激は、けれどどちらも幸希が与えるもの。
 ポロポロとシーツに涙を零しながら、真彩は快楽と苦痛を交互に味わわされた。
「あ、あ……、ぁあ……っ」
 声が、止まらない。我慢できないくらい、身体の底から溢れ、零れ、それを堪えれば
もう何もかもを投げ出したくなりそうだった。だから、思う様声をあげる。
 幸希の動きがさらに激しさを増してゆく。
 ――――壊されてしまいそう。
 心底怯えているのに、どこか、奥の方で奇妙な感情があった。それは言うなれば、
嬉しい、という気持ちに近かった。
 幸希は真彩の身体に欲を抱いている。真彩の中で熱を遂げたいと考えている。
 やめろと言ってもムリだと言い、強引に真彩を求めている。−−−−求められている。
それが、嬉しいと思えたのだ。
 こんなに苦しいのに。
 涙が溢れて止まらないのに。
 幸希に求められるのは、幸福だった。嬉しかった。
「あ、あ……あ、んっ」
「…天原、サ……」
 奥深くまで挿り込んだ熱が、さらに膨れ上がるのを感じ―――瞬間、放たれたものに
内側を濡らされる……。
 幸希が達したことを知った真彩は、自分はまだ快楽半ばであるにも関わらず、ひどく
嬉しく、安堵していた。
 痛みも苦しみも、まだ続いているけれど。
「…ん、んん……」
 幸希は何度か腰を動かし、すべてを出し切った後で、背中から真彩を抱きしめてきた。
 髪に触れるのは、唇だろうか。小刻みな息が髪を揺らし、うなじに滑り、耳元や首筋に
幾度となく触れてくる。
「…天原サン……」
 声も、いつもと比べて少し低い。その声ごと真彩の肌のあちこちに唇を落としてくる
から、それが少しくすぐったくて首を竦めた。
「……も、イったんだろ…? 抜けよ」
 未だに幸希に貫かれたままの状態ではなんだか落ち着かないし、それに恥ずかしかった。
 こんな時にどんな会話をしたらいいのか分からない。かと言って、黙ったままでいら
れるほど、沈黙を得意とはしていないから。
 だから身を捩って離れろと言ったのに、幸希はまったくその気はないようだ。抱き
しめる腕の力をさらに強くして、そのうえさらさらと肌を撫で擦ってくる。
「ちょ…っ、何……?」
 中途半端に熱を上げさせられた下肢の熱を、再度掴まれた。それを優しく擦られて、
思わず幸希を受け入れている箇所にきゅっと力が入ってしまう。
「ん…っ」
「天原サン。もう一回しようか」
「もう一回…っ? も、ムリだって……!」
「天原サンのムリはムリじゃないだろう? さっきもそう言ってちゃんとできたじゃない」
「………」
 初心者相手にムチャするなと叫びたかったけれど、それを言ってしまうとまた何を
言われるか分かったものではない。
 だから背中にぴったり幸希を張り付けながら、ただぎこちなく身体を強張らせること
しかできなかった。
「大丈夫。今度はもっと優しくしてあげる。ちゃんと気持ちよくなれるようにするから」
 ここで、と言いながら幸希はさらに腰を押し付けてくる。
「……ご褒美って言ったのに、これじゃどっちに対してのご褒美か分からない」
「だから今度はすごく気持ちよくしてやるから」
 真彩は溜め息をつく。そして了解の印に強張らせていた身体から力を抜いた。
 一層の力で抱きしめられる。その腕の力は好きだ。
「で、でもあともう一回だぞ。もう一回で気持ちよくしなけりゃ、もうしないからな…!」
 それでも憎まれ口が出た真彩に、またしても背後で笑う気配。
「じゃあ、今度は天原サンが終わらせちゃ嫌だ、もっとしてって言うくらい、気持ちよく
してやるから」
「そんなこと言わないぞ…っ、ぁ、んっ」
 卑怯なことに真彩の言葉が終わる前に、幸希は動き始めた。
 けれどそれは、今幸希が言った通り、先刻より優しい動きで、苦しくはなかった。
「あ、ぁ……」
「天原サンのイイところを探して、そこをたくさん突いてあげる」
 幸希は嘘は言わなかった。
 それからほどなくして、真彩の『イイところ』を探り当てた幸希は、重点的にそこを
突き、そのあまりの気持ちよさに身悶え嬌声を上げる真彩を、とことんまで追いつめ、
とうとう真彩の口から『もっと』、『やめちゃ嫌だ』という言葉を引き出してみせた。
 ……悔しいけれど。
 幸希には敵わない。でも、敵わなくてもいいのかもしれない。
 こんなふうに、幸希とともに気持ちよくなれるのならば。幸希が隣にいてくれるのならば。

 そして真彩は、幸希が与えるものすべてを受け止め、最上の快楽を味わい続けた。




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