新生活は亮太が思っていたよりずっとスムーズにスタートした。
新しい場所での暮らしに、不安を感じていなかったと言ったら嘘になる。
だがこの屋敷に住む数十人の人間のほとんとが十代の少年であり、またその誰もが家出人であったり、亮太同様家族を亡くしていたりしていた。
それぞれ事情が異なっていたが、彼らには『家』がなく、こここそが自らの住処だと言う子供たちばかりだった。
『ローダーズ』―――――。
亮太は初めて聞いた名だが、S区歓楽街では知らない者はいないほど有名なチームで、一目置かれている存在らしい。
総勢三百人以上いるという。
三人から七人をひとチームとし、それが何か行動を起こす際の最小単位となるのだそうだ。
『ローダーズ』は、湊が以前説明をしてくれたが、いわゆる情報屋なのだそう。だがどこにでも転がっているような情報ではなく、価値のある―――つまり少しばかり危険な―――情報を売買しているのだ。
S区二丁目といえば、全国有数の歓楽街として有名なところだ。当然ヤクザ、暴力団といった、あまりお近付きになりたくない輩が、往来を我が物顔で行き来している。プロの集団だけでなく、チーマーのような素人集団も集まり、混沌とした物騒な場所だ。そんなところで一目置かれている『ローダーズ』の仕事とは一体どんなものなのか。
興味が尽きないが、今の自分では仕事をするなんてまずムリだろう。
それでもいつか、瑞羽たちの仕事を手伝えるようになりたいと思っていた。
ヒヨコ色の大きな枕を抱えながら、亮太はパタパタと廊下を走った。着ているパジャマは白と黄色のストライプだし、足元の部屋履きも枕と同色だ。
亮太がこの屋敷で暮らすことになったその日に瑞羽が揃えてくれた日用品は、そのほとんどが目にも眩しい黄色だった。
どうやら亮太の金茶色の髪を意識してのセレクトらしい。自分の髪の色があまり好きではない亮太だが、瑞羽が好きだと言ってくれたから以前ほど嫌ではなくなったし、黄色で周囲が彩られていっても、悪い気はしなかった。
だってこれは瑞羽が亮太のために選んでくれたものだから。どんなものでも、瑞羽の見立てならば文句を言う気にはなれなかった。
瑞羽は初めて会った時に告げてくれたとおり、まるで肉親のように接してくれる。仕事以外の時間は、すべて亮太のために使い、亮太にこの屋敷での暮らしについてや仕事のことを詳細に教えてくれるのだ。小学二年生で学校に行かなくなった亮太に勉強を教えてくれることもある。
勉強は、実は嫌いではなかった。それに瑞羽や、時折湊が教えてくれるのだが、その教え方がとてもうまく、亮太は砂に水が染み込んでゆくかのごとく、どんどん知識を吸収していった。
屋敷は、外では『ローダーズホーム』と言われているらしい。約千五百坪という広い敷地内に建てられた屋敷は地下二階地上四階建てで、外観は瀟洒なマンションのようだ。
一階は共同部分でキッチンや食堂、ランドリー、会合場などがあり、地下一階と二、三階が住居部分となっている。六畳と八畳の部屋が、一階につき十二部屋あり、廊下の端には各階浴場とサニタリースペースが据えられていた。地下二階にはコンピュータールームがあり、四階にはリーダーである桂が、腹心と言われる人物とふたりで使っているらしい。
らしい、というのは、亮太はそこに行ったことがないからだ。別に立ち入り禁止というわけではないのだが、理由もないのに行くのは憚られる。
桂はざっくばらんな性格だが、ローダーズのトップだ。メンバーはみんな桂に心酔しているし、馴れ合うこともない。
桂に心底意見ができるのは腹心と言われている男だけらしい。が、亮太は会ったことがなかった。どうやらここ数カ月不在らしい。
あの桂と肩を並べられるなんて、一体どんな人物なのだろうと亮太は想像を巡らせていた。
今度瑞羽に訊いてみようと思いながら、目的のドアの前に立つと、コンコン、とノックした。
どうぞ、という声に、ドアを開ける。
中にはベッドに寝そべって本を読んでいる瑞羽がいた。
勢いよく部屋に入った亮太を見て、瑞羽は小さく笑いを零した。
「一緒に寝ていい?」
枕持参の亮太に、瑞羽はおいでと手招きをしてくれる。
スペースを空けてくれるのに、中に潜り込んだ。
シングルのベッドはふたりが並んで寝るとやはり狭い。けれど狭い方が亮太は嬉しかった。瑞羽を近く感じられるではないか。
「まーだひとりじゃ眠れないのか?」
呆れた口調ながら笑っている瑞羽に、亮太はだってともごもご口篭もる。
ローダーズホームで暮らすようになって二カ月、亮太も自室を与えられたのだが、そこで眠ったことは一度もない。
「寂しかったら俺の部屋においで」
と言ってくれた瑞羽に甘えて、毎日枕持参で瑞羽の部屋にやってきていたのだ。
「……オレ、邪魔?」
「邪魔なら邪魔って言うさ。ま、そろそろセックスしたいかなあって気分でもあるんだけどね」
「―――はぇ…?」
さらりと告げられた単語に、亮太は聞き違えかと耳を疑った。
「はは、独り言。ほら、湯冷めしないうちに寝ろ」
上掛けをかき寄せられて、顎まで埋まる亮太を、いつもどおり綺麗な笑顔が覗き込んできた。
その笑顔に吸い寄せられるように、亮太は唇を開く。
「オレね、瑞羽のこと好きだよ」
「うん?」
「瑞羽が好き」
突然と思われただろうか、瑞羽は目を丸くして亮太を見下ろしてきた。だがすぐに目を細め、優しく亮太の頬を撫でてくれる。
「俺もリョータのことは好きだよ」
「ホント?」
「ホント。嘘は言わないよ、俺」
ぐりぐりと指先で頬を突かれながら、亮太はホッとする。
好きと言ってもらった。ならここで眠ってもいいよな、と胸の内で小さく呟く。
瑞羽が先刻呟いた言葉がまだ胸に引っかかっているが、亮太は敢えて甘えてみせた。
「話、聞きたいな」
「ん? ああ、『どろぼうの神さま』?」
うん、と頷くと、瑞羽はベッドから腕を伸ばし、机の上にあった一冊の本を手にした。
栞の挟まれたページをめくる。
「内容は覚えてる?」
「プロスパーが、おじさんとおばさんが頼んだ探偵に見つかって、そこは逃げられたけど、心配になってヴェスペにそのことを言ったんだ」
「そうそう。じゃその続きな」
あくる日さっそく――――と読み始めた瑞羽の声に、耳を澄ます。
瑞羽が選んでくれた本は、ドイツ人の作者のもので冒険ファンタジーだ。
親を亡くしたプロスパーとボー兄弟。母方の伯母は弟だけを養子にし、兄は施設に置いたままにしようとする。そこで兄弟はそこから逃げ出し、母親がいつも話していたイタリアのヴェネツィアに行くのだが、そこで『どろぼうの神さま』という、天才的な盗みを働く少年と出会う、という話だった。
話はまだ始まったばかりで、五百ページほどにもなる物語がこれからどんなふうに進んでいくのか楽しみだった。
自分で読めばもっと早く読み進めることができるだろう。だが瑞羽の優しくて綺麗なハスキーヴォイスで読まれると、自分で文字を目で追う以上に、どんどん想像が広がってゆくのだ。
瑞羽は嫌な顔ひとつせず、楽しげに亮太に読み聞かせをしてくれる。
この眠る前の十分間が、亮太にとって一番心安らぐ時間だった。
大好きな瑞羽の囁くような声に包まれて、うっとりと目を閉じる。
眼裏には瑞羽の声から想像される物語の映像が浮かぶ。だがそれも一瞬、瑞羽の先刻の言葉が胸に浮かんで、亮太を落ち着かなくさせた。
瑞羽に夜をともにするひとがいるなんて思いたくない。
セックスなんて、言葉は知っていても亮太にはまったく遠い世界のことだ。生々しさすら感じられない、自分には関係ないこと。だから瑞羽にも関係ないことであってほしかった。
無意識のうちに亮太は瑞羽に擦り寄り、その腕に両手を絡ませた。
ふ、と笑う気配。
温かな空気と声に包まりながら、亮太は眠りの中へと吸い込まれていった。
◇ ◇ ◇
目が覚めたのは、いつも傍らにあった温もりの不在に、身体が寂しがったからかもしれない。
ぱちりと目を開け、無意識の内に隣へとごそごそ手を伸ばすのに、そこに瑞羽はいなかった。
「……みず、は…?」
小さく呼んだが、返事はない。
亮太は起き上がり、室内をきょろきょろと見回した。それほど広くはない部屋の中に、瑞羽の姿はない。
時計を見ると、まだ四時を少し過ぎたところだ。
「……」
途端に落ち着かない気分を味わった亮太は、慌ててベッドから出る。そして裸足のまま部屋を飛び出した。
足音のしない絨毯張りの廊下を一歩二歩と進んだ時、前方から誰かが歩いてきた。
見覚えのある顔に、亮太はその人物に駆け寄る。
「心司…!」
「どうしたんだ」
五十センチ以上ある身長差をもどかしく思いながら、亮太は精いっぱい背伸びをして、その人物―――心司を見上げた。
心司はローダーズの仲間で、チームも一緒だ。
瑞羽と同じ学年で身長が百九十センチもある。顔だけ見ればちょっと怖いタイプなのだが、性格は物静かでとても優しい。
亮太は瑞羽が大好きだが、将来は心司のように大きくなりたいと密かに憧れていた。
「あの、……、ていうか、こんな時間に心司こそ何してるんだ? もう仕事をしているの?」
もしかしたら瑞羽も仕事に出かけたのかもしれないと思い、そう訊ねると、心司は軽く首を横に振った。
「俺はこれからトレーニングに行くんだ」
「トレーニング?」
まだ夜が明けたばかりというこんな時間に、どんなトレーニングをするんだと首を傾げると、
「十五キロ走って、腹筋背筋腕立てを各二百回ずつする。そのあとで柔道の稽古」
「……それ、毎日?」
「毎日やらなければトレーニングにはならない」
「それって心司だけがやってるの? 瑞羽は?」
「瑞羽?」
亮太は勢いよく頷いた。
「部屋にいないんだ。だからどこに行ったのかと思って」
「……」
心司は微かに困ったような表情をする。それは、何かを知っているような顔に見えたから、亮太はぴょんぴょん跳ねて、心司の腕を掴んだ。
「知ってるの!?」
心司はさらに困った顔をして、小さく溜め息をついた。
「教えて!」
「……」
どうしたものかと考えあぐねている心司に痺れを切らした亮太は、
「もういい。湊に訊く!」
ちょうど目の前は、湊の部屋だ。
リーダーである湊なら知っているに違いないと、亮太は今がまだ朝方だということも忘れ、ドアを引き開けた。
「え…、あ、おい待て…!」
慌てて心司が亮太を羽交い絞めしようとしたが、その時すでにドアは開けられていた。
「みなっ、……と」
勢い込んで部屋に入った亮太の目に、信じられないものが飛び込んできた。
「―――――っ」
だがその目は一瞬だけその光景を見ただけで、大きな掌に塞がれた。後ろにいた心司の手だ。
「…ぁ、ぇ、え…?」
亮太は目を塞がれたまま、ぽかんと口を開けた。
今、自分が見たのはなんだったのか。
頭の中が真っ白になるのに、今の光景がくっきりとインプットされてしまっている。
ベッドと机、その上にはパソコン。右手側の壁には、天井まである本棚が据えられており、そこにはぎっしりと本が詰まっている。
そんな八畳のシンプルな湊の部屋。ベッドには湊。だがそこには湊だけでなく、もうひとりの姿があったのだ。
亮太が捜していた人物―――瑞羽が。
それは、どう見ても不自然な格好だった。
湊がうつ伏せになり、その上に瑞羽が乗っていた。布団が掛けられていたからその中がどうなっているのか全然見えなかったけれど、なんだか、…妙な動きをしていた、ような……。
そこまで考えた亮太は、その後考えるのを放棄した。
「おい…っ」
心司が焦ったように押し殺した声を出す。
「ごめんごめん、心司。手間掛けるけど、あとよろしく」
ギシギシとベッドが軋む音とともに、瑞羽のちょっと困ったような、それでいていつもとさほど変わらないような声がした。
「おまえ、この期に及んで何を…っ」
「や、だってこういう時止まらないって」
「…っ、ぁ、し、心司」
今度は微かに震えるような、湊の声。
「リョータを外に…っ、つ…っ」
「あ、…」
心司は亮太の目を塞いだまま部屋を出た。そしてきっちりと扉を閉めた後で、ようやく塞いでいた手を退けてくれる。
「…リョー、タ…?」
恐る恐ると言ったふうに心司が覗き込んでくる。
だが亮太は、放心したままぼんやりと突っ立っていることしかできなかった。
今目にしたシーン、聞こえた言葉の数々、どう考えても不自然極まりないベッドの軋む音、そして湊の微妙に上ずった声に、ノックアウトされてしまったのだ。
呆然としている亮太を、心司はどう扱ったらいいのかと困りきっていたようだが、やがて深々と溜め息をついて、亮太をひょいと持ち上げた。
「……し、んじ…」
「ああ」
「あれ、……な、…何、してたの、瑞羽と湊」
心司は途方に暮れたような顔をするが、それも一瞬、憮然と眉根を寄せると、
「済まないが、俺の口からは言えない」
そう言って瑞羽の部屋まで亮太を運ぶと、ベッドに下ろしてくれる。
「とりあえず、ベッドに入っていろ。…俺はいた方がいいか?」
気遣わしげにそう訊ねてくれる心司に、亮太はううん、と首を振った。
「…トレーニング、するって言ったでしょう」
「……」
心司は束の間黙り込んだ。そして亮太をベッドに寝かせると、その上に布団を被せる。
ポンポン、と布団の上から叩き、
「眠るまでいるから。寝ろ」
そう言って机の椅子を引き寄せると、どっかりと座った。
「……うん」
亮太は頷いて素直に目を閉じた。逃避がしたかったのかもしれない。
瑞羽が湊としていたこと。あれは――――。
「心司…」
「なんだ?」
「……男同士でもせっくすってできるんだね…」
そう呟くと、心司はぐっと詰まった。
「知ってたけど、…ホントにできるなんて」
「もう寝ろ」
心司の指が亮太の金茶色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
その指は少し乱暴だったけれど優しくて、亮太は言われるままさらに深く目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「おまえ、桂から世話を任されたのならもう少し考えろ」
呆れたように溜め息混じりで呟く声。心司のものだ。
「性教育にはまだ少し早かったかな」
こちらは―――瑞羽の声。
「…そういう問題じゃないだろう」
そしてこれは、湊。
「だな。ごめん、反省しています。もう少し考えなきゃいけなかった」
三人の声だと気付いた亮太は、ガバッと勢いよく布団を剥いで起き上がった。
「お、起きた? リョータ」
視線の先には案の定瑞羽と湊、心司がいる。
瑞羽の方へと目を向けると、今までとまったく変わらない笑顔を浮かべていた。
「…み、瑞羽…」
「おはよう、リョータ」
「お、おはよう…。あの…」
心司と湊は無表情でありながらどうにも居心地悪そうなのに、瑞羽だけがいつもと同じ。
瑞羽が動じることってあるのかと、亮太はふとそんなことを思ってしまった。
「さっきはごめんな。びっくりさせちゃったか」
瑞羽の方から切り出したことに、亮太は驚いた。
もしかしたらごまかされるのではないかと思っていたのに、こうしてはっきりと口にする瑞羽が、ひどく潔く見える。
「…瑞羽って…」
「うん?」
「み、湊と付き合ってるの?」
初めて会った日に、みんなでお風呂に入った。その時に瑞羽が湊にキスをしていたことを、今更ながら思い出した。でもその前に自分にもキスしたから、瑞羽は誰とでも、そういうちょっと濃厚なスキンシップを好むひとなのかと思っていたのだ。
それがまさか、湊とそういうことをする関係だったなんて、亮太は思ってもみなかった。
「付き合ってるっていうか、まあ、セックスはしてるけど」
「「瑞羽!」」
あっけらかんとした瑞羽の言葉に、心司と湊の両方が諌めるような強い口調で瑞羽を呼んだ。
「考えナシだった俺も悪いけど、見られたんだから今更隠す方がおかしいだろう。リョータだってごまかされるより本当のことを知りたいはずだ」
「リョータはまだ小学生だぞ」
湊の声は怒気を孕んでいる。亮太はそんな湊の声を聞いたことがなかったから、急に心臓がドキドキしてきた。
もしこのことで瑞羽と湊がケンカをしてしまったらどうしよう。
自分が湊の部屋に入ったから、こんなことになってしまったのだ。そう思うと、どうしようもないほどの焦燥感が亮太の胸に広がってゆく。
そして同時に、瑞羽と湊の関係が『そう』だと知った亮太の心は、シクシクと痛んだ。
瑞羽は湊のものなのだ。瑞羽にとって、一番大事なのは湊なのだろう。自分ではなく、湊が。
亮太にはその事実が痛かった。
「ケンカはやめろ。リョータの前で」
心司が低く告げると、ふと瑞羽と湊は口を噤んだ。
湊が亮太に顔を寄せる。
「…悪かった、リョータ」
亮太はチラリと湊の顔を見た。
メガネの似合う、理知的でハンサムな湊。
チームのリーダーで頭もよくて、勉強も教えてくれる。普段は無口だけれど、メンバーに対して心配りを忘れない。
亮太にとって一番はやはり瑞羽だ。だがほかのメンバーもとても大事で、湊のことも大好きだった。
瑞羽と湊が『そう』だったとしても、嫌いになんてなれない。
「…湊、瑞羽のことが好きなの?」
途端、湊はひどく複雑な顔をした。
「今口説いてる最中なんだよ」
ひょい、と湊の後ろから顔を覗かせる瑞羽へ、今度は目を向ける。
「じゃあ、瑞羽の片想い?」
瑞羽は歯に衣を着せない亮太の問いに苦笑した。
「そう」
そんなもったいない。瑞羽に好きって言われているのに、肯定の返事をしない湊が、亮太には信じられなかった。
「オレ、オレは瑞羽のこと好き!」
己の今持つ想いを、一生懸命口にすると、瑞羽は微笑んだ。それはそれは綺麗な笑みで、亮太はドキンと胸を高鳴らせる。
「俺もリョータのこと、好きだよ。昨夜も言っただろう?」
「み、湊とオレとどっちが好き?」
瑞羽はうーん、と上空を睨み、次いでニ、と口元を綻ばせた。
「おまえのことは愛してる。湊のことは恋してるってことかな」
「……どう違うの?」
「それはひとに訊ねるんじゃなくて、自分で知るものだよ」
瑞羽は亮太へと手を伸ばし、くしゃっと髪をかき混ぜた。
「じゃあ分かったら、オレのことも湊と同じように見てくれる?」
今は、まだ子供だけれど。
湊と肩を並べることなんて、できないと分かっているけれど。
瑞羽の持つ想いを知ることができるくらい大きくなったら、ちゃんと見てほしい。
「いいよ。おまえが分かるくらい大人になったらな」
頷く瑞羽と、小さく溜め息をつく心司。そして複雑そうな表情の湊を前に、亮太はよし、と笑った。
「湊とはライバル! あ、でも湊のことも大好きだからね」
「……それはありがとう」
湊はまだ瑞羽に何事か言いたげだったが、やはり心司のように溜め息をついて言葉をのみ込んだようだ。
「…おまえ、本気か?」
心司がぼそりと瑞羽に問う。
「ん?」
「リョータがこのまま成長したらドロ沼になるんじゃないのかって言っているんだ」
「まあ、俺もリョータも意思を覆さないままの場合、三人でって選択肢もあるし」
あっけらかんと言う瑞羽に、
「三人でもいいの?」
目を輝かせて亮太が訊くと、瑞羽はニヤリと笑った。
「いろんなやり方があるぞー。三人でっていうのは結構そそるシチュエーションで……」
「瑞羽っ!」
湊がこれまで聞いたことのない声で、瑞羽の言葉を遮った。そして亮太の腕を引っ張ると、ひょいと抱き上げる。
「み、湊?」
「リョータの世話係は俺も兼任しよう。リョータ、今夜から俺の部屋で寝るんだ」
「え。え? なんで?」
「瑞羽に育てられたら耳年増どころじゃなくなる。俺がおまえを健全に育てよう」
湊は亮太を抱っこして、部屋から出ようと立ち上がった。そこへ、コン、と控え目なノック音が響く。
「……いた、心司」
心司のことを捜していたのか、ホッと安堵の息を漏らすのは、チームメイトの透司だ。
だが透司はすぐに部屋には入らず、マジマジと中の様子を見ている。
「なんだ?」
湊が問うと、透司はふっと笑みを見せた。
線が細くて繊細な面立ちの透司が、表情を綻ばせることは少ない。
「…湊とリョータ、そうしていると、なんだか親子みたい」
亮太を抱っこしたままの湊を見て、そんな感想を零す。すると瑞羽がおかしそうに、心司も控えめながらも笑った。
「親子…。オレと、湊が?」
透司はうん、と頷く。
親子。
そう言われて、亮太はなんだかくすぐったいような気持ちを味わう。
瑞羽も心司も透司も湊も。
亮太にとって、大事な家族だ。
「親子だって」
えへへと笑う亮太を、少々複雑そうな顔をして湊は見ていたが、やがて同じように微笑みを見せた。
「でもライバルなんだよ」
「…ライバル?」
事情を知らない透司が首を傾げるのに、亮太はうん、と頷いた。
まだ子供の自分では届かないものがたくさんあるけれど、瑞羽はきっと見ていてくれる。瑞羽だけでなく、みんなも。
ここで、生きていくんだと、亮太は改めて思った。
好きなひとたちに囲まれて、多分これからたくさん笑ったりケンカしたり抱きしめあったりするのだろう。
そんな未来を、今の亮太は信じることができる。
「みんな大好き」
ぎゅっと湊に抱き着きながらそう言うと、目を丸くしたり微笑ましいものを見るような眼差しを向けてきたりする。
「一番は瑞羽だけどね」
素直に思ったままを口にした途端、亮太以外の四人は一斉におかしそうに笑った。
了
|